(1)ダイニン分子モーターの活性化機構の解明に向け大きく前進
ー滑脳症の分子メカニズムの一端が明らかにー
ダイニンは微小管の上を動く分子モーターで、ATPの加水分解エネルギーを使い、神経細胞の軸索内を細胞体方向へと移動し物質を輸送しています。ダイニン分子の活性は、軸索輸送や染色体分離などさまざまな細胞の機能に重要な役割をもっており、不活化すると、滑脳症として知られる先天性発達性脳障害を引き起こすことが分かっています。
ダイニンの活性は、微小管と結合していない時には低く抑えられていますが、微小管と結合することによって数十倍高まることが知られています。これは、ダイニンが微小管の上に来た時だけ”スイッチ”がオンになる仕組みがあることを意味していますが、その分子メカニズムは明らかになっていませんでした。とりわけ微小管に関しては、技術的な問題から組換えタンパク質を用いた研究が行われておらず、相互作用に関する情報はほとんど得られていませんでした。
私たちは、出芽酵母や昆虫細胞を用いて微小管を構成するチューブリン分子の組換えタンパク質発現・精製システムを開発し、得られた組換えチューブリンとさまざまな分析技術を組み合わせ、ダイニン活性化機構の解明に向け大きな知見を得ることに成功しました。

図1 ダイニン-微小管複合体の概略図
微小管とダイニンのATPase部位との間のアロステリックコミュニケーションに関与している可能性が高い構造部位を示す

図2 微小管の滑り運動解析
野生型は一方向に進んでいるのに対し、変異体は方向が定まらず行ったり来たりしている
まず、微小管表面に存在する36個の荷電アミノ酸を一つひとつアラニンに置換した酵母チューブリン変異株を用い、ダイニンの運動・機能に重要な役割を果たすアミノ酸の同定を試みました。表現型解析、全反射照明蛍光顕微鏡を用いた1分子イメージング解析と、微小管の滑り運動解析(図2)の結果、α-チューブリンの403番目の正電荷アミノ酸R403と、416番目の負電荷アミノ酸E416がダイニンの方向性運動に必須であることが分かりました。
次に、ダイニンの活性への変異の影響を調べました。野生型微小管では、微小管濃度の増加に伴い活性が約20倍上昇しましたが、R403A、E416A変異型の微小管では、微小管濃度が増加しても活性は全く上昇しませんでした。
さらに、低温電子顕微鏡法を用いて、「ダイニン微小管結合部位(MTBD)-微小管複合体」の構造を解析しました。その結果、R403の近くにはダイニン分子中のE3390が、E416の近くにはR3469/K3472が配置されている事が分かりました。このことから、反対の電荷を持ち互いに作用していたR403とE416が、ダイニン分子中のアミノ酸と静電的に作用している事が示唆されました。全体的な構造を見ると、微小管のダイニンMTBDとの結合面は多くの負電荷アミノ酸で構成され、ダイニンMTBD側は多くの正電荷アミノ酸で構成されていました(図3)。

図3 ダイニン微小管結合部位(MTBD)と微小管の相互作用のモデル
以上の結果は、α-チューブリンのR403とダイニン分子中のE3390の相互作用がダイニ ン活性化”スイッチ”機構の中で、中心的な役割を果たしている可能性を示しています。ダイニンは、微小管負電場の中に置かれたα-チューブリンの正電荷アミノ酸R403という目印を頼りに次の結合場所への一歩を踏み出し、”スイッチ”をオンしてATP加水分解を誘導する、という一連の作業を繰り返し、一方向の連続的な運動を生み出していると考えられます。
今回、私たちはダイニン分子モーターの活性化が、微小管との間の相互作用の組み替えという”スイッチ”によってコントロールされていることを明らかにしました。”スイッチ”を構成するα-チューブリンのR403の変異は、先天性難病である滑脳症の患者で同定されています。今回の成果は、ダイニンの運動機能不全が疾患の原因であることを強く示唆しており、今後、治療薬開発への応用が期待できます。
A flipped ion pair at the dynein-microtubule interface is critical for dynein motility and ATPase activation.
Seiichi Uchimura, Takashi Fujii, Hiroko Takazaki, Rie Ayukawa, Yosuke Nishikawa, Itsushi Minoura, You Hachikubo, Genji Kurisu, Kazuo Sutoh, Takahide Kon, Keiichi Namba, Etsuko Muto.
(2) キネシン ATPase の活性化に重要なチューブリン残基
キネシンの ATPase 酵素活性は、微小管との相互作用によって活性化されることが古くから知られています。私達は、出芽酵母発現系を用いたチューブリンの変異解析により、微小管との相互作用がどのようにしてキネシンの ATPase を活性化させるのか、その構造的基盤を理解したいと考えています。
微小管表面 (α ヘリックス 11~12) に存在する荷電アミノ酸に関して、系統的にアラニンに置換 した 36 種類の変異株を作成し、酵母が致死になるか、もしくは株の成長が減速したものについて、変異微小管を単離精製して、キネシンの運動を調べました。その結果、図 A に示した 6 つの荷電アミノ酸がキネシンの運動には重要であることが明らかになりました。

さらに、これらの変異微小管を用いて ATPase 酵素活性を測定したところ、α-チューブリンの E415A 変異微小管では ATPase 活性化能が劇的に低下しており (図 B)、ATPase サイクル中の ADP 解離速度の低下がその大きな要因であることがわかりました (図C)。

今回の研究成果から、キネシンが α-チューブリンの E415 アミノ酸残基と相互作用することが引き金となって、その情報がキネシンのヌクレオチド結合部位へと伝わり、ADP の解離を引き起こす (図D) という微小管−キネシン分子間情報伝達経路の一端が明らかになりました。今後さらに解析を進めて、微小管によるキネシン ATPase の活性化メカニズム、運動メカニズムの全貌を理解したいと考えています。
