組換えチューブリン:
組換えチューブリンの技術を利用して神経変性疾患発症の分子メカニズムが明らかに
(1)組換えヒトチューブリンの発現と精製
ヒトの組換えチューブリンを作ることは技術的に非常に困難で、長い間、チューブリン/微小管の機能ー構造解析に、分子生物学的手法を利用することはできませんでした。単一遺伝子からなる組換えチューブリン(特に哺乳類)の発現と精製は、微小管の研究に限らず、創薬や医学等広い分野において重要な課題でした。私たちは2013年、バキュロウイルス-昆虫細胞発現システムを利用して、単一遺伝子からなる組換えヒトチューブリンの発現・精製に成功しました。この成功によって、チューブリン遺伝子の変異を原因とする神経疾患の、分子メカニズム解明に、扉が開かれました。

バキュロウイルス-昆虫細胞発現システムを使用して、組換えヒトチューブリンを過剰発現および精製する方法を開発しました。デュアルタグシステムを使用することにより、昆虫細胞培養液1リットルあたり5 mgのヒトalpha1beta3チューブリン(純度99%)を精製できるようになりました。

精製した組み換え体チューブリンは生理的に完全な機能を持っており、重合して微小管を形成し(図C)、キネシンでコートしたガラス表面を運動できることが確かめられました(図D)。この発現/精製法は、哺乳類のチューブリンの機能ー構造研究に幅広く利用できます。この技術は、微小管が関与する様々な病気の分子メカニズム解明に役立ち、創薬への応用も見込まれ、生物医学研究に革命をもたらしつつあります。
Overexpression, purification, and functional analysis of recombinant human tubulin dimer.
Itsushi Minoura, You Hachikubo, Yoshihiko Yamakita, Hiroko Takazaki, Rie Ayukawa, Seiichi Uchimura, and Etsuko Muto.
FEBS Letters 587 (2013) 3450-3455.
(2)組換えヒトチューブリンを用いたヒト神経疾患の分子メカニズムの解明
ニューロンの形態形成と機能維持には、微小管が不可欠です。チューブリン遺伝子の変異による疾患は 'tubulinopathy' と呼ばれ、広範囲の末梢神経障害と脳形成異常を引き起こします。組換えチューブリンを利用することで、特定のチューブリン遺伝子の突然変異と臨床的および組織学的レベルでの疾患表現型との相関を検証することができるようになりました。以下に示す先駆的な研究では、チューブリン遺伝子TUBB3のR262残基が、キネシンとの相互作用に重要な役割を担っており、その相互作用は、正常な軸索の成長と脳の発達に必要であることが明らかになりました。

野生型チューブリンの過剰発現(コントロール)
疾患関連変異体R262Aチューブリンの過剰発現
R262Aチューブリンとサプレッサー変異キネシンの過剰発現
ヒトβ3チューブリン(TUBB3)の変異は、外眼筋3型(CFEOM3)の先天性線維症と呼ばれる眼球運動障害を引き起こします。この病気の患者では、軸索の誘導と維持に障害が起こり動眼神経系が異常に発達します。ただし、TUBB3変異と軸索成長異常を繋げる根本的なメカニズムは分かっていません。
私たちは、組換えチューブリン(TUBB3)から形成された微小管を使用して、in vitro で微小管の運動性を調べました。そして、疾患に関連するTUBB3の変異(R262HおよびR262A)により、微小管の運動性およびキネシンモーターのATPase活性が下がることを発見しました。キネシンのL12ループで変異を操作すると、驚くべきことに、R262A変異を持つ微小管の運動性とキネシンのATPase活性が正常なレベルにまで回復しました。さらに、同じ変異を発現するCFEOM3マウスモデルでは、サプレッサー変異キネシンを過剰発現させると、in vivo で軸索の成長が回復しました(上の図)。
これらの発見は、キネシンとの相互作用にTUBB3-R262残基が重要な役割を果たしており、その相互作用が正常な軸索の成長と脳の発達に必要であることを示しています。