微小管の物理学:
微小管の高分子電解質の性質が、さまざまな微小管結合タンパク質が微小管に沿って移動することを可能にする
(1) 電場配向法を利用した微小管誘電率の測定
モーター蛋白と微小管の相互作用には静電的相互作用が重要と考えられていますが、微小管の静電的/導電的性質についてはほとんど知られ ていません。私達は微小管の静電的性質を理解するため、暗視野顕微鏡の下で微小管の電場による配向を観察する実験系を開発しました(図 A)。溶液中の微小管に高密度高周波数の交流電場(0.5–1.9 x 105 V/m, 10 kHz – 3 MHz)をかけたところ、微小管フィラメントが数秒で電場の方向に配向する様子が観察されました(Video)。この配向過程を誘電楕円体モデルに基いて解析し(図 B)、微小管の誘電率を計算したところ、微小管は非常に高い誘電率を持つことが明らかになりました。

Orientation of microtubule upon application of an electric field. The arrow indicates the direction of the electric field.
この結果は、微小管の表面に集積した対イオンが、外からの電場に応じて微小管の長軸方向に動き回った結果、生じたものと考えられます(図C, D)。この実験系の開発により、微小管の高分子電解質としての性質を定量的に解析することが可能になり、運動自由度を残す緩やかな分子間相互作用の、物理 化学的メカニズムを解き明かす手がかりとなることが期待されます。モーター分子の微小管との弱結合も、多価イオン体であるモーター分子と微小管の間に、同様の緩やかな静電相互作用が成り立つことが、基盤となっているのかもしれません。

Dielectric Measurement of Individual Microtubules Using the Electroorientation Methodractions.
Itsushi Minoura and Etsuko Muto
Biophys J., 90:3739-48 (2006).
(2) 荷電粒子の微小管上の1次元ブラウン運動
—非特異的で緩やかな分子間相互作用のモデル—
微小管表面に集積した対イオンが微小管の長軸方向には動きまわれるように、弱結合状態のモーター蛋白も、多価イオンとして微小管上に静電的に拘束されつつ、長軸方向には動きまわれるような仕組みになっているのかもしれません。モーター蛋白の示す1次元ブラウン運動が、非特異的静電相互作用に起因しているのなら、蛋白質に限らずどんな分子/粒子でも、適度な電荷密度とサイズでさえあれば、微小管上で1次元ブラウン運動を起こすことが予想されます。私達はアクリルアミドから作った人工的なナノ粒子を使って、この仮説を調べてみました
実験の結果、ナノ粒子は、電荷を持っていない時には微小管に結合できませんが、アミノ化によってプラスの電荷を持たせると、微小管に沿って 1次元ブラウン運動を示し、非特異的静電相互作用だけで1次元ブラウン運動を実現できることが明らかになりました。
粒子の電荷の増大に伴い、拡散係数は指数関数的に減少し、粒子と微小管の相互作用の持続時間は増大しました。これらの結果は、荷電ナノ粒子が微小管上で「結合」と「運動」の間を行き来し、最終的に微小管から溶液中へと「解離」する、という 3 状態を想定すると説明できます。酵素反応速度論で用いられる Michaelis-Menten scheme と相似の 3 状態モデルに当てはめ定式化すると、各状態間を行き来するのに必要なエネルギー (ΔGB-A, ΔGesc) を求めることができました (Fig. A)。

このモデルは、1次元ブラウン運動の解析に必要な理論的枠組みを提供するものであり、本研究のアプローチは、モーター蛋白の弱結合状態のメカニズム解明に役立つことが期待されます。
